2006年03月28日

水清ければ魚棲まず

 管理人は、意外にも潔癖症のきらいがあります。潔癖症といっても、手を何度も洗うだとか他人の触ったつり革やトイレを使えないといった過敏なきれい好きという意味ではありません。決められたルールは守らなくては気が済まない、自分の中であまり感心しない事柄は極力受け付けないといったような心の中の潔癖症です。これも、くそまじめな性格のせいかもしれません。

 まあ、そんな潔癖症も自分自身だけの問題ならよいのですが、他人にまでそれを強制しようというのでは社会生活に支障をきたします。少しの規則違反でも犯したらその人を嫌いになってしまう、あまり感心しない態度の目立つ人とは付き合わないでは、人間関係がうまく構築できません。だから管理人は友達が少ないのでしょうね。

 水清ければ魚棲まずということわざがあります。水が清すぎると魚が生息しないことから、あまりに清廉潔白すぎると人に親しまれないたとえです。厳格すぎる性格で他人を許せないような人は、他人から敬遠されて孤立するということです。う〜ん、管理人にも少し当てはまっているようです。

 魚だって真水では生きていけません。プランクトンがいる水だから生きていけるのです。さらにいうなら、清い水の清流よりも、泥のあるような沼や下流のほうが魚の種類は豊富だし、大きく成長します。それと同じ事で、ルールでがんじがらめで違反したら厳しく罰せられるような社会では息苦しくて生きてゆけません。一人きりで生きるならともかく、たくさんの人達の中で生きるならある程度他人を許す度量が必要だと思います。大抵の人は、栄養豊富な水のほうで生活しているのですからそれに合わせなくてはいけないのです。

 アフィリエイトのサイトでもそうでしょう。事実だけを淡々と書いたまじめすぎる内容のサイトなど、多くの人達にとって面白くもなんともないはずです。そして、インターネットにあるサイトの全部が全部、清廉潔白なサイトだとしたら個性も何もあったものではありません。いろいろな個性に溢れた意見のサイトがあってこそ、楽しいインターネットの世界です。だからといってルール無視はダメですけどね。

 自分に厳しいのは結構ですが、そんな様子を表に出すべきではありません。たまには羽目を外したり、自分の弱いところを見せたりしたほうが親しまれるサイトになるということですね。また、他人を否定するのではなく、受け入れる姿勢が大切です。交流の場を設けて、いろんな訪問者と打ち解けて話をすることが良い機会だと思います。

 管理人の場合、清廉潔白というよりも人間の器が小さいのでしょうね。自分の観念でしか物事を見れないのでは、親しまれるサイトなどできるはずもありません。もっとあっけらかんと心を開いて、本当のおバカな自分をさらけ出したほうがいいのかも?とにかく固い頭を柔軟な思考に変えて、人に好かれる性格になりたいですね。努力で直るものではないのが困りものです。

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posted by kenji at 08:16| Comment(0) | TrackBack(0) | アフィリエイト | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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