2006年09月15日

流れる水は腐らず

 ずいぶんと長い間、何もできない日々が続いています。いや、できないということを口実にして何もしようとしないというほうが正しいのかもしれません。一時期にあった焦りのようなものも少なくなり、何かをしようという気力さえ失いつつあります。今はもう、何を目標にして行動すればいいかさえわからなくなってしまいました。

 何もしないと、身体的に退化していくようです。動かないから体はぶくぶくと太る一方で、動けば動いたで体中の関節がボキボキなって必要以上に汗が噴出すというように、完全になまりきっています。頭の回転も鈍る一方で、簡単な漢字も読めず、会話に答える反応も遅くなってどうしようもありません。まるで、使わない部分がサビついて腐っていくみたいです。

 また、何もしないでいるから、考えごとが増えます。それも、悪いほう悪いほうへと考えが及んでいきます。自分がとんでもなく悪いことをしているように思えてくるし、他人に対してもひねくれた見方をするようになってしまいます。先のことなど考えられず、悔やんでも仕方のない過去の嫌な出来事を繰り返し思い出したりもします。独りでふてくされて、腐っているんです。

 流れる水は腐らずということわざがあります。常に流れている水は腐ることはないが、溜まって動かない水は腐ることから、常に活動しているものには停滞がないという意味です。そうなんですね。人間は、活動していないとドンドン腐っていく生き物なんです。今の管理人のようにね。

 流れる水もせき止められなければ、溜まることはありません。また、せき止められた直後は、水だって渦を巻いたり、並みを起こしたり動き続けるんです。それと同じで、人も挫折がなければずっと活動していられたのです。また、挫折直後は何とかしようと必死であがくものです。でも、抵抗してもどうにもならないとわかったとき、活動する気力もなくなるのです。せき止められた水が徐々に静まっていくように。

 腐り始めれば、水が停滞している限り、腐食は拡がっていきます。きれいな部分まで、ドンドン犯されていきます。人間でいえば、健全だった心と体が不健全となり、時間の経過とともに悪化していくのです。これを食い止めるには、再び流れ出さなくては、活動を再開しなければならないでしょう。

 せき止められた水を再び流すためには、何かきっかけが必要です。ふさいでいるものに穴を開けるようなきっかけがです。これが、なかなかに難しいのです。ふさいでいるものが長年の間に頑丈になってしまっているから。でも、きっかけを見つけなければますます腐る一方です。とにかく小さくてもいい、きっかけを探したいと思います。小さな流れも、そのうち大きな流れへとつながるはずです。そして、いつか元通り流れ出せればいいですけどね。

応援よろしくお願いします。→人気blogランキング


posted by kenji at 07:36| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:


この記事へのトラックバック
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。