2006年09月20日

何でも来いに名人なし

 昔の管理人は、どんなことでも人並みぐらいにはできました。勉強でもスポーツでも(スマートだった頃だけは)、それほど苦労せずともある程度無難にこなしたものです。昔からごまかすのだけは得意だったからかな?また、苦手なことは避けていたから、何でもできると勘違いしていたのかも?

 それがいけなかったのかもしれません。中途半端な身につけ方しかしてこなかったから、今となっては何一つ残っているものがないのです。できたつもりでいたことがちっとも思い出せません。さらに、年をとったせいか、記憶力も落ちているし、体力もなくなっているから余計にそう感じます。

 何でも来いに名人なしということわざがあります。さあ何でも来い、どんなことでもやってやるという人に名人はいない、器用な人は、一応何でもかなりの程度にやってのけるものであるが、そのどれをとっても一芸に秀でた名人といえる腕前にはなっていないものであるという意味です。

 確かにその通りでしょう。何でもできてしまうから、一所懸命覚えて身につけようというひたむきさが足りません。また、いろんなことに目移りするからひとつのことを極めようとする集中力もありません。それに、挫折を知らないから、できなくて悔しいから必ず習得してやるという執念に乏しいのです。

 結局、何でもこなすオールラウンダーでは何事も極めることができないと思います。まあ、本当の天才ならともかく、普通の人はそんなに器用じゃないものです。それなら、他のことはできなくてもこれだけは誰にも負けないというスペシャリストのほうが良いです。そのほうが自信が持てるし、手に職があるから食うに困りません。

 管理人は、会社では管理職としてオールラウンダーたることを要求されてきました。そのことに何の疑問ももちませんでしたが、いざ会社から離れてみると、自分には決め手となる何の武器もないことに気づきました。だから、未だにやるべきことが決められないでフラフラしているわけです。こんなことなら、ひとつでも特別な技術を習得しておくべきだったと後悔しています。

 今の管理人は、昔のように何でもこなせるはずもなく、むしろ何一つ満足にできない状態です。だからこそ、せめて自分にできることを見つけて、それを精一杯頑張って身につけて、生きるための糧としたいです。今更名人にはなれないでしょうけど、自分に自信が持てる程度にはなりたいですね。そうしなきゃあいけないんです。でも、こんな自分に何かできるのかなあ。不安です。

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posted by kenji at 07:54| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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