2006年10月03日

盗人にも三分の理

 何もせず、何もできない、今やすっかりダメ人間の管理人ですが、これでも数年前まではいっぱしの会社員だったのです。それが、どうしても働き続けることができなくなって、会社をリタイヤする他なくなりました。遠い昔の出来事のようですけど、まだ心には深い傷として残っています。

 盗人にも三分の理ということわざがあります。盗人にも、盗みを正当化する少しの理屈はあるものであるということから、どんなことでも理屈は何とかつけられるという意味です。自分が悪いのは重々承知の上ですが、管理人が会社を辞めざるをえなかったのも一応の理由はあるのです。

 まず、理想が高すぎたのです。会社には、夢を持って入社しました。自分のやりたいことを仕事にして、やりがいのある充実した毎日を送ることです。ところが、実際に配属されたのは自分のやりたいこととは無縁の職場でした。それでも何とかやりがいを見つけようと頑張りましたけど、ダメでした。いつしか、理想と現実のギャップに嫌気が差し、希望は絶望に変わり、人生の大半をその仕事に費やすことがとても空しく感じるようになったのです。

 次に、融通が利かないことです。お金をもらっている仕事なんだから、きれいだけでは済まされないこともあります。上司の理不尽な命令に従わなくてはならないこともあります。頭ではわかってはいました。でも、そんな仕事をこなすたびに罪悪感が心を占めていきました。融通が利かないからうまく割り切ることができず、仕事が苦痛で、自分が嫌で仕方なくなったのです。

 そして、一番大きな理由は人付き合いが下手だったことです。職場には同年代の人間がおらず、上司かあるいはかなり年上か年下の人だけでした。上司は嫌いでした。年配の人とはうまく話せませんでした。年下の人には立場上、弱みを見せるわけにはいきませんでした。だから、どんなに仕事で悩んでも相談相手はおらず、どんなに仕事で困っても助けを求める相手はいなかったのです。独りで全てを抱え込んで、やがて耐え切れなくなってパンクしました。

 しょせん、言い訳に過ぎないことはわかっています。でもね、全部が全部管理人が悪いのかって思うときもあるのです。もう少し職場に恵まれて、自分にあった仕事ができて、心許せる仲間がいたら、また違っていたような気もするのです。まあ、結果的に失敗したのだから、やっぱり弱い自分が悪いんでしょうけどね。

 あ〜あ、なんでみんなが普通にできる当たり前の仕事が、管理人にはできないんでしょうね。嫌になっちゃいます。結局、生まれついての欠陥人間には、誰もが無意識にできる社会生活を送ることさえ無理だったのかなあ。どんなに理屈をつけたって、意味のないことです。もう取り返しはつかないのですから。だから、せめて今後の人生は管理人にもできる仕事を見つけたい、切にそう願います。そんな仕事があればの話ですが・・・。

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posted by kenji at 07:42| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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