2006年10月04日

天を怨みず人を尤めず

 今日は、わたしの醜い心を吐露します。激しい感情は失ったわたしですが、以下に書くこの部分だけは、忘れようにも忘れられません。深く残った傷であり、未だにわたしを苦しめる現実でもあるから。それは数年前の出来事、わたしがまだ会社員だった頃の苦い経験と辛い思い出です。

 病気を発症して、会社を休職せざるをえなくなったとき、わたしは人事部に何とか配置転換させてもらえないかと相談しました。答えはNO。休職後は元の部署に戻るのが原則の一点張り。「病気の奴を引き受ける部署などない」との冷たい対応。病気の原因がその部署での仕事にあったことなど考慮もしてくれませんでした。結局、人一人の人生より会社の都合のほうが重要視されたのです。まあ、当たり前といえば当たり前ですが。それでも、せめて苦しい気持ちを察して欲しかったです。

 病気で休職してとても苦しくて悩みぬいていたとき、わらにもすがる一心で上司に助けを求めました。仕事を何とか変えてもらえないかと。そうしたとき、対応した三人の上司はバカにしたような薄ら笑いを浮かべながら侮辱の言葉をぶつけ、「辞めるしかない」と言い放ったのです。ものすごいショックでした。わたしは見捨てられたのです。最後に笑いながら「元気でな」と言って握手を求めてきた顔を、一生忘れることはできないでしょう。

 そして、休職期間がなくなり、ついに会社を辞めることとなったとき。直属の上司は顔さえ見せることはなく、その後も労いの言葉一つありませんでした。仮にも10年近く一緒に働いてきた部下に対して。さらに、休職期間中・退職後も仕事仲間の誰一人として連絡をくれることはなかったのです。結局、わたしはいてもいなくても何の支障もない人間に過ぎなかったのだと思い知らされました。

 天を怨みず人を尤めずということわざがあります。どんな苦しみに陥っても世に認められなくとも、運命を怨まず、社会や他人をとがめず、ただ安らかにわが身を修め心を養うべきであるという意味です。わたしは、そんなできた人間ではありません。とてもそんな境地に達することはできません。

 わたしは怨みます。会社を怨みます。上司を怨みます。仕事仲間を怨みます。運命を怨みます。そして何より、そんな会社を選び、必要とされる人間になれず、脆弱な人間関係しか築けなかった自分自身を怨みます。たとえそれが逆恨みでしかないとしても、そう考えなくてはやりきれません。

 怨んでも仕方のないことだとはわかっています。忘れなくてはいけないことだというのもわかっています。それでも、苦しい気持ちはどうしようもできないのです。一体、わたしの10年近い勤務はなんだったのでしょう。これでも自分なりに一所懸命働いてきたつもりなのに、この仕打ちですか。もう過去のことだと割り切るには、あまりにも大きなダメージです。こんなわたしに、生きる気力が戻るときが来るのだろうか。そもそも生きる価値があるのかどうかさえわからない。

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posted by kenji at 07:29| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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